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2016.04.12 Tue

自意識の変化の話

またしばらくブログ放置してました
いろいろ練習するつもりでもうちょっと更新頻度あげようかな


気が向いたから長文自分語りです
煩悶の痕跡を残しとこう
相変わらず物を書くと輪郭のぼんやりした文章になるのが気になる
地に足がついてないというか、抽象化しすぎてるっていうか…
まあ自己満だからいいです
コレデイイノダ
弱くて泥くさい自分を人に対してオープンにしていきたい、みたいな表明を以前ブログに書いて
最近、それを読んで知ってて、覚えててくれてた友達からその後どうかと聞かれた。
恥ずかしかったけど、気にかけてもらえたのが嬉しかった。
あれは、対人不安的気持ちが強かった時期に、その不安感を断ち切りたくて
いろいろふりしぼって書いた文章だったから、必死な感じだ。
今は、不安感はそんなになくて、それまでの時期抑えてた自分を
どんなふうに出していければベストなんだろうと手探りになってるところ。
異様に気を遣ったり、人の目を気にする癖がついてるせいで、つい抑えてる自分を
どうすれば縛らないで振る舞わせてやれるかってことを、最近は考えてる。
でも考えてるだけじゃわからないことばっかりで、もっと経験してく機会を作っていかなきゃなと思う。
未だに根深く染みついてる自己表現への怯えみたいなのが拭えなく、おっかなびっくりで
自分で自分にいらつくのもしょっちゅうだけど、まあ、でもそんなもんかなとも思う。
人としてちゃんと人と関わりたい的な承認欲求を持った自分と
いやでも恐いし一人のが楽だしみたいな逃げ腰の自分が葛藤してる感じ。後者優勢だけど…。
試行錯誤して、牛の歩みで適当に慣れていきたい。

不安感が強かった時期は、気分の浮き沈みが激しかった。
けど、最近はそれも落ち着いてきた…と思う。
以前は感情とか衝撃をダイレクトに受け止めてて、それで精一杯になってた。
事実を事実以上に大きく受け止める習性があったというか
物事と自分の間に境界がなくて、距離が取れてなかった。
なにか対策が必要と思った。
だから、気分が沈んでて、原因もわからずぐちゃぐちゃ頭の中で感情がループしてるとき
そのぐちゃぐちゃを目に見える形にして自分の外に出して、感情と距離を置くようにした。
感じていることと意識を一体化させるのをやめて、観察する方法を試した。
具体的には、出来事とか感情を、淡々と、客観的であることを意識して、書き起こしてた。
それは結構うまくいって、落ちてるときにはひたすら沈んでるだけだったのが
わりとまともに感情と付き合えるようになった。
感情に振り回されなくなると、じゃあ沈んでる原因とどう向き合うかとか、
どういう行動に出れば満足いくだろうかとか、建設的な思考に移行できるようになって
気分の明るさが維持できるようになった。それでずいぶん楽になった。
気分のむらに振り回され続けてるのに疲れて嫌になって
それを変えたいと思って試したいろんなことの集大成で、自分を楽にしてやれたんだと思う。
自責的になる癖をやめたのもでかいかも。
自分を責めることで周りとの衝突を、面倒事を避けようとしてたんだと、今はわかる。
それも、自分を悪者にして生きるのがダルすぎることに気付いたからやめた。
自分を大事にしたいってまっとうな気持ちを無視してた。
ってことに回り道しながら気付いてった。
人から見てたら、まだまだたくさん気付けてないことがあるんだろうと思う。
でもとりあえず、とにかく、自分って存在に対して真剣になって、責任を持つってことを大事にしていきたい。
そういうことと向き合ったり考えたりするための長い時間を与えられていたこととか
人から与えられた気付きがあったからこそ、今このくらいの心境になれたとも思う。
そんな感じです。元気です。
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